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ティーパーティーの歴史

英国と言えば「紅茶」と言うイメージですが、

英国でお茶が好まれるようになった歴史に日本が関わっていた事をご存知でしょうか。


15世紀後半の大航海時代に、西洋の宣教師たちがキリスト教布教のため日本に訪れました。

その時に知ったのが日本の「茶」です。

お茶がヨーロッパに紹介されたのは16世紀で、

いちはやく東インド(インド洋から太平洋海域をさす)に進出したポルトガルによってでした。

西洋の人にとって未知の飲み物だった茶を「東洋人の長寿の秘訣薬」として、

持ち帰った宣教師たちが伝えたことで、中国茶や日本茶は薬として興味を持たれるようになりました。

 

実質的にヨーロッパへ茶の普及を進めたのはオランダで、

17世紀初頭にはヨーロッパに茶を輸入し始め、

お茶はオランダ東インド会社の船によって最初に港町アムステルダムに持ち込まれ、

ここからヨーロッパ各国へ伝えられました。フランスには1635年ころ、ドイツには1650年ころ、

イギリスにはやはり1650年ころそれぞれオランダから伝えられました。

 

王女が運んだ喫茶習慣

この茶を嗜好品として英国で流行させたのは、1662年、

王制が復古したばかりのイギリス国王チャールズII世のもとに嫁いできた、

ポルトガル王女のキャサリンでした。

彼女はお茶の他、7隻の船に満載させた砂糖を持参して嫁いできました。

 

ヨーロッパではサトウキビが栽培できなかったので、

砂糖は銀と同等の貴重品でした。

また、彼女は中国や日本の茶道具や磁器の茶碗を王室に紹介し、

王宮に茶を“楽しむために飲む”という習慣を広めました。
聞き伝えながらも日本の茶道(抹茶の飲み方)が伝わり、

彼らなりの解釈で取り入れられていきました。


当時のヨーロッパには乳白色の磁器を焼く技術がなかったので、

彼女が持参した東洋の磁器は、茶同様、美術や工芸品に関心の高い王侯貴族の注目を集めました。

英国の土には磁器作りの原料となる「カリオン」が採掘出来なかったので、

磁器は中国や日本からの輸入品のみでとても高級品でした。

茶を飲むと同時に茶道具を集めたり、眺めたり、

または自慢したりといった美術的な要素が楽しみとして加わりました。

 

18世紀アン・ステュアート(クイーン・アン在位1702〜1714)は、

お茶を一日に何度も飲むという習慣に定着させました。

 

美食家だった彼女は大のお茶好きで、朝食には必ず紅茶を飲み、

ロンドンのウィンザー城に茶室を作らせるほどだったといわれます。

宮廷では、女王を真似して茶道具を揃え、日に6〜7回紅茶を飲む習慣が広がりました。

 

 

18世紀になると中国や日本の陶磁器を目指して

ヨーロッパ各地で名窯が次々生まれます。

《MEISSEN》

300年前、ヨーロッパで初めて硬質磁器を生みだしたドイツの名窯「マイセン」。

【ブルーオニオン】

《フェルステンベルグ》

 

ドイツ七大重要古窯の一つ。1759年に創業。

 

130-1750 「ローズ」 ¥8,800-

 

130-1755  「BUNTE」¥13,200-

 

130-1767 「カップ&ソーサー CHARLOTTE」 ¥9,350-

 

良質の磁石が発見できなかったイギリスでは、

ボウ窯で牛の骨灰を混ぜて焼き上げるボーンチャイナが生まれ、

高温に強く独特の白い輝きを持つと人気が出ました。

Burgess & Leigh社(略してBurleigh/バーレイ社)

 

【Blue Regal Peacock】

ケーキプレート
130-5908
¥10,890- (税込)

ティーポットトレー ¥3,300-(税込)

 

ティーポット 130-2542 ¥17,600-(税込)

 

【Wedgwood(ウェッジウッド)】

 

アフタヌーンティーの文化を広めたのは、

7代目ベッドフォード公爵夫人のアンナ・マリア(1788〜1861)でした。

その頃の貴族の食生活は、

イングリッシュ・ブレックファーストと呼ばれる盛りだくさんの朝食をとり、

昼食はピクニックなどで少量のパンや干し肉、フルーツなどで軽くすませ、

社交を兼ねた晩餐は、音楽会や観劇の後というのが伝統でした。
産業革命によって家庭用のランプが普及し、

人々の生活スタイルは夜型に変わり、夕食の時間もだんだんと遅くなります。
夕食までの時間が長くなり、空腹に耐えかねた

第7代ベッドフォード公爵夫人のアンナ・マリアは、

使用人に自室へお茶を運ぶように言いつけました。

午後の3時頃から5時頃の間に、サンドイッチや焼き菓子を食べ、

同時にお茶を飲むことをはじめました。

最初はひとりだけの楽しみだったようですが、

やがて、屋敷を訪れる婦人たちをドローイング・ルームと呼ばれる応接間に通し、

もてなしたところ評判となり、

アフタヌーンティーは貴婦人たちの午後の社交として定着していきました。

ブルードローイングルーム バッキンガム宮殿

《イギリスのティータイム》

 

1日に何度も紅茶を飲む習慣は、今でもイギリスでは伝統的に受け継がれています。

 

『アーリーモーニングティー』

まだ寝ているベッドに、モーニングコールのように熱い紅茶を運ばせて、

その一杯で目を覚まそうという贅沢な一杯。

ベッドの上で朝刊に目を通しながら、心地よい朝を迎えます。

 

『ブレックファーストティー』

イギリス式のブレックファーストは、

フレッシュジュース、ベーコンエッグ、コーンフレーク、

魚類、サラダ、トーストなどの盛りだくさんのメニューを、

時間をかけてじっくり食べます。その際に飲まれる紅茶。

 

『イレブンジズティー』

午前11時頃、昼食前のティーブレイクとして10分から15分位で飲まれます。

もとは、18世紀初めの貴族の生活から始まった習慣で、

ベッドから起き出して、身づくろいをする間に召使いが運んできたという優雅な一杯、

一般的にブランチほど塩味のきいたものが出ることはなく、

ケーキ及びビスケットコーヒーまたは紅茶のセットを取ること

 

『アフタヌーンティー』

午後の3時から5時頃、夕食前の小腹満たしに、サンドイッチやスコーン、

ケーキなどと共に飲まれる紅茶。貴族などが行う伝統的なアフタヌーンティーでは

日本の茶事に近い感覚があり、招く部屋のインテリアや茶道具が

どれだけ洗練されて手入れが行き届いているか、フードはどれだけ豪華か、

話題はどれだけ豊富かなど、招待主側のセンスが問われます。

イギリスの紅茶文化のメインタイムだけに、

イギリス人ならではの美意識とこだわりが凝縮されています。

 

『ハイティー』

夕方から7〜8時頃までに、労働者などが夕食時に食卓を囲んで

家族一緒に楽しんだものが、食卓の高さにちなんでハイティーと呼ばれました。

ダイニングと応接間を別に持たない庶民のティータイムを指して使われていました。

 

『ナイトティー』

夕食が終わってベッドに入る前に読書をしたり、

日記を書いたり、ゆったりくつろいで飲む一杯のこと。

やがてイギリスは、インドやスリランカ(当時はセイロン)での茶の栽培にも成功し。
一般の人々でも手頃な価格でお茶を楽しめるようになり、

アフタヌーンティーは生活の中にとけこんでいくようになりました。

 

メゾンドマルシェ各店では

ティーパーティーでお使いいただける各種アイテムを多数ご用意いたしております。

 

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